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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(オ)1010号 判決

上告人 国

代理人 加藤和夫 玉田勝也 鈴木健太 河村吉晃 阪上秀治 沼田寛 ほか一名

被上告人 有限会社平商事 ほか一名

主文

一  原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。

二  被上告人らの本件控訴を棄却する。

三  被上告人らが原審においてした追加的併合申立てに係る新訴請求の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

四  前項に関する部分を除く控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人菊池信男 同大島崇志 同小見山道有、同田中信義、同喜多剛久、同大田黒昔生、同星野雅紀、同河村吉晃 同柳本俊三、同田代實の上告理由第一について

原審は、酒田区検察庁検察官による被上告人平庄市の勾留請求及び被上告会社の起訴の違法を理由とする国家賠償請求は理由がないとしながら、山形県知事のした本件認可処分が国の機関委任事務としてされたところ、本件認可処分は違法な公権力の行使とみなされるので、上告人は、本件認可処分及びこれに引き続き被上告人らに加えられた刑事的、行政的規制に起因して被上告人らが被った損害を賠償すべきものと判断して、被上告人らの請求を一部認容している。

そこで、所論にかんがみ、記録に基づいて検討するのに、原審口頭弁論における被上告人(控訴人)ら及び上告人(被控訴人)の主張は、原判決事実摘示のとおりと認められる。ちなみに、第一審口頭弁論における当事者双方の主張(原審で上告人と共に被控訴人であった山形県に関するものを含む。)は、原審第一回口頭弁論期日において第一審判決事実適示のとおり陳述され、原判決事実欄において第一審判決事実摘示と同一であるとして引用された上(原判決四枚目裏)、原審における当事者の附加的主張は、それぞれ「控訴人らの主張」又は「被控訴人国の主張」として、原判決五枚目以下、八枚目以下に摘示されており、以上の原判決事実欄に摘示されたもの以外に、被上告人らの上告人に対する国家賠償法(以下「国賠法」という。)に基づく請求として意味を有する主張事項は存しない。

原判決及びその引用に係る第一審判決の事実摘示によれば、被上告人らは、酒田区検察庁検察官による被上告人平庄市の勾留請求及び被上告会社の起訴の違法を理由として、上告人に対し国賠法一条一項に基づく損害賠償を求めたものであること、第一審において検察官の行為に違法なしとして上告人に対する請求を排斥された被上告人らは、控訴の上、原審において、上告人に対する主張を附加し、原判決五枚目以下に摘示のとおり主張したことが明らかである。そこで、被上告人らが原審においてした右の附加的主張についてみると、次のとおりである。

原判決摘示に係る「控訴人らの主張」の1は、主務大臣たる厚生大臣が、山形県知事のした本件認可処分の違法を知りながら漫然と放置黙認し、同知事に対する指揮監督を怠ったものとして国賠法一条一項に基づき損害の賠償を求める旨の主張であり、その2は、厚生大臣が本件認可処分につき被上告人らのした審査請求を無視し、本件認可処分を放置黙認した懈怠行為の違法を理由として国賠法一条一項、三条一項に基づき損害の賠償を求める旨の主張である。右の附加的主張の1、2を通じて国賠法一条一項所定の「公権力の行使に当る公務員」として指摘されるのは、主務大臣たる厚生大臣にほかならない。すなわち、本件認可処分の関係で、「国の責任」が被上告人らの主張に現れたのは、原審における右の附加的主張が初めてであるが、そこにおいて国賠法一条一項の「公権力の行使に当る公務員」として指摘されたのが厚生大臣であるということは、被上告人らの上告人に対する国家賠償請求が、第一審においては検察官の勾留請求及び起訴の違法を理由とし、原審においてはこれに加えて、厚生大臣の懈怠行為の違法をも理由とし、かつ、それにとどまるものであることを端的に示すものといわなければならない。

ちなみに、前記附加的主張の「控訴人らの主張」の3には、「なお、本件認可処分は、公権力の行使にあたる山形県知事がその職務を行うにつき故意をもってこれをなしたものである」との記述があるが、その趣旨は「被控訴人山形県に対する関係において」国賠法一条一項の適用をも主張するにあり(原判決七枚目裏、更にその4においては、被上告人らは国の機関委任事務を行った山形県知事の行政権の濫用を理由として、「被控訴人山形県に対し」国賠法に基づく賠償を求めたのであるから、本件認可処分の違法を理由とする上告人に対する前記1、2の請求も、「被控訴人山形県に対する」右請求とその基礎を同じくするものである旨を主張している(同七枚目裏)ことが明らかである。

以上を要するに、被上告人らは上告人に対し、第一審においては検察官のした起訴等の違法を理由として、原審においてはこれに加えて新たに厚生大臣の懈怠行為の違法をも理由として、国賠法一条一項又は三条一項に基づく損害賠償を請求したものであることが明らかであって、第一審及び原審を通じて、上告人に対する関係で、国の機関委任事務の担当者として山形県知事のした本件認可処分の違法を理由とする国家賠償請求が被上告人らの主張に現れたことはない。

しかるに、原判決が、その理由中の説示において、被上告人らは第一審以来、上告人が関係する違法な公権力の行使として、検察官のした勾留請求及び起訴のほかに、山形県知事が国の機関委任事務として行った本件認可処分をも主張していたものであるとし、かつ、被上告人らが山形県及び上告人に対し同一の損害につき各自が賠償すべきことを訴求していたことを理由として、被上告人らは当初から上告人に対しても本件認可処分の違法を理由とする訴えを提起していたものとみるべきであるとしたのは、前記に詳述した被上告人らの主張と全く異なるものであり(原判決の事実欄に摘示された当事者の主張との関係において、理由齟齬の違法がある。)、原判決は「当事者ノ申立サル事項」につき判決したものというほかない。

論旨は理由があり、原判決はその余の上告理由につき判断するまでもなく破棄を免れない。そして、本件については、検察官の所為の違法を理由とする被上告人らの上告人に対する国家賠償請求が失当であることは原判決の確定するところであるので、右請求を排斥した第一審判決に対する被上告人らの本件控訴を棄却し、被上告人らが原審においてした新訴請求(山形県知事のした本件認可処分に対する厚生大臣の懈怠行為の違法を理由とする国家賠償請求)の追加的併合申立ての許否等につき審理させるため、この部分を原審に指し戻すこととする。

よって、民訴法四〇八条、四〇七条一項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤庄市郎 坂上壽夫 貞家克己 園部逸夫 可部恒雄)

上告理由

上告人は、上告の理由を次のとおり明らかにする。

第一 原判決には、民事訴訟法(以下「民訴法」という。)一八六条に違背した違法又は弁論主義に違背した違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は、上告人の損害賠償責任を肯定する前提として、その理由の四の1の(一)において、「控訴人らは原審以来、被控訴人国が関係する公権力の行使として、酒田区検察庁検察官がした控訴人庄市に対する勾留請求及び起訴のほかに、山形県知事がいわゆる国の機関委任事務として行なった本件認可処分をも主張していたのであり、かつ、被控訴人らに対し同一の損害につき各自が賠償すべきことを訴求していたのであるから、控訴人らは当初から被控訴人国に対しても本件認可処分が公権力の違法な行使であることを理由とする訴えを提起していたとみるべきであ(る)」と判示している(原判決一〇丁表一〇行目から同丁裏七行目まで)。

しかしながら、被上告人らは、上告人に対する関係においては、山形県知事が昭和四三年六月一〇日余目町立若竹児童遊園を児童福祉施設として認可した処分(以下「本件認可処分」という。)自体の違法に基づく損害賠償の請求をしていないのであるから、原判決は、「当事者ノ申立テサル事項ニ付」判決をしたものであつて、民訴法一八六条に違背したか、少なくとも、弁論主義に違背したものである。以下、その理由を述べる。

一 第一審及び原審において被上告人らが上告人に対する請求原因として主張した事実が次のとおりであることは、本件記録上明らかである。

1 まず、訴状の請求原因においては、上告人との関係については、検察官の職務行為の違法のみが掲げられ、本件認可処分が国の機関委任事務であるという観点に立った主張の記載は全くない(訴状の請求原因の第三の三及び五参照)。また、第一審における被上告人らの昭和五四年七月九日付け準備書面(二)の一及び同年一〇月二日付け準備書面(三)の第一においては、いずれも本件認可処分の違法性についても主張がされてはいるが、右各主張は、上告人が訴状における検察官の職務行為の違法の主張に対する反論として検察官のした勾留請求及び公訴の提起が適法であることを主張する際にその前提として本件認可処分の適法性を主張した(上告人らの同年七月九日付け準備書面参照)ことに対する被上告人らの再反論として述べられたものであって、右各主張をもつて、上告人に対する関係において、本件認可処分の違法を損害賠償請求の請求原因事実として主張したものということはできない。

2 被上告人らが本件認可処分が山形県知事の行つた上告人の機関委任事務であると最初に主張したのは、第一審における昭和五五年八月一八日付け準備書面(五)の四においてであるが、これは、同準備書面の冒頭に「被告山形県の昭和五五年五月二六日付準備書面に対し次のとおり反論する。」と記載されているところからも明らかなように、被上告人らが山形県に対する賠償請求の根拠法条が国家賠償法三条である旨の主張をする中で述べられているに過ぎないから、右準備書面の記載をもつて上告人に対する関係で本件認可処分の違法を理由とする損害賠償請求をしたものとは到底いえないことは明らかである。そのほか、第一審において、本件認可処分が上告人の機関委任事務である旨の主張は、被上告人らの昭和五八年一月二四日付け準備書面(第一の一の(一)及び(二)並びに五)及び同年八月二五日付け準備書面(第二の四)にも散見されるが、これらも、山形県に対する請求の根拠として主張されたものであつて、本件認可処分の違法を上告人との関係において請求原因として主張したものではない。

3 第一審における被上告人らの責任論に関する最終的な主張を整理したものとみられる昭和五八年八月二五日付け準備書面によると、「被告国の責任」と題した箇所で、「山形県知事の本件児童遊園認可処分は、訴状において述べたとおり右処分を根拠として違法な捜査とそれに伴う起訴並びに山形県公安委員会による原告会社の営業停止処分がなされることを期待してなされたものである。そうして原告平の捜査と起訴並びに原告会社の営業停止処分は右の期待に呼応し、原告会社の個室付浴場営業を阻止、禁止することを目的としてなされたものである。右認可処分、捜査と起訴、営業停止処分の三者は、原告会社の右営業を阻止、禁止することを共通の目的としてなされた不可分一体の不法行為とみられるものである。」(同準備書面一丁裏初行から八行目まで。)とした上、専ら検察官のした勾留請求及び公訴の提起の違法のみが主張されており、機関委任事務に関する主張は何らされていないのに対し、「被告山形県の責任」と題した箇所には、同県知事のした本件認可処分が違法であるとの主張が詳細にされているのである。

4 上告人は、第一審における昭和五八年一二月二〇日付け準備書面(五)において、被上告人らの請求原因に関する主張を、被上告人庄市に対してした勾留請求及び同会社に対してした公訴の提起という検察官の各職務行為が違法であるというにあると要約した上で反論を加えているが、これに対し被上告人らは、昭和五九年一月三一日付け準備書面において、右のように要約したことについては何ら異論を述べることなく、検察官のした右各職務行為の違法性についての反論を行つている。

5 第一審判決は、その事実摘示の第二の一の3において、「被告国は、酒田区検察庁検察官の行つた原告庄市の勾留請求及び原告会社の起訴について、同法同条項(引用者注、国家賠償法一条一項)に基づき、賠償責任を負う。」(同判決一一丁裏六行目から八行目まで)と摘示した上、理由中においては、専ら被上告人らの主張する検察官のした勾留請求及び公訴の提起の違法性について判断し(同四一丁表四行目から四四丁表七行目まで)、被上告人らの上告人に対する損害賠償請求をすべて棄却しているのであり、第一審裁判所が、上告人に対する関係においては、本件認可処分の違法を理由とする損害賠償請求はなされていないと理解していたことは明らかである。

6 次に、原審の第一回口頭弁論期日において、被上告人らは、原判決事実摘示のとおり第一審の口頭弁論の結果を陳述し(原審第一回口頭弁論調書)、被上告人らの上告人に対する請求が、第一審判決事実摘示のとおり検察官の職務行為の違法によるものであることを確認している。

7 被上告人らが、上告人らの関係で本件認可処分についての主張をしたのは、原審における昭和六〇年四月一九日付け準備書面の第三においてである。その主張は、必ずしも明らかでないところがあるが、厚生大臣が本件認可処分について山形県知事に対してなすべき指揮監督を懈怠したこと及び被上告人らの本件認可処分の取消しを求める審査請求を放置したことが違法であるから、その行為による損害賠償を請求するとするもののようである。そうとすれば、右は、山形県知事のした本件認可処分についての厚生大臣の権限不行使の違法を主張したものであつて、山形県知事が行つた本件認可処分自体の違法を主張するものではない(被上告人らの昭和六〇年一〇月四日付け準備書面第二及び昭和六〇年一二月一八日付け準備書面第一も、右のような権限不行使の主張をふえんしたものと解される。)。

8 以上のように、被上告人らは、第一審においても原審においても、上告人に対しては、本件認可処分の違法自体を請求原因とする損害賠償を求めていなかつたことは明らかであり、原審においても、本件認可処分についての監督又は審査請求についての厚生大臣の権限不行使の違法を主張しているにすぎないのである。

仮に、被上告人らが第一審以来、上告人との関係でも、本件認可処分の違法を主張しているとすれば、第一審判決は、山形県の被上告人らに対する損害賠償責任を肯定するに当たり、機関委任事務である本件認可処分が違法であることを確定した上で、山形県は右事務の費用負担者として国家賠償法三条一項に基づき損害賠償責任を負うと判示しているのである(第一審判決三五丁裏二行目から三六丁裏五行目まで)から、被上告人らの上告人に対する損害賠償請求をも認容したはずである。しかるに、第一審裁判所は、山形県に対する関係においては本件認可処分の違法を理由にして損害賠償責任を認めながら、上告人に対する関係ではこれを否定しているのであつて、このことはとりもなおさず、上告人に対する関係においては、本件認可処分の違法は請求原因として主張されていなかつたことを示しているものといわざるを得ない。

二 ところで、本件認可処分の違法を理由とする損害賠償請求と検察官の職務行為の違法を理由とする損害賠償請求とは訴訟物を異にする別個の請求であるから、検察官の職務行為の違法を主張したことによつて、本件認可処分の違法を理由とする損害賠償請求をしたことにはなるものでないことはいうまでもない。

すなわち、およそ給付訴訟における訴訟物の同一性は、給付請求権の同一性の有無によつて判断されるものであるが、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求権の場合においては、加害行為の主体、加害行為の日時、場所及び態様並びに被害法益等を総合することによつてその同一性の有無が決せられるものである。これを本件についてみると、検察官の前記職務行為は検察官が刑事訴訟法に従って行う刑事訴追手続の一環としての行為であるのに対し、本件認可処分の行為は県知事が国の機関委任事務として行う児童福祉行政の一環としての行為であり、また、これを時間的経過に照らしてみても、本件認可処分は昭和四三年六月一〇日山形県知事によつてされたものであるが、酒田区検察庁検察官のした被上告人庄市に対する勾留請求は同年一二月一九日に行われ、また被上告人会社に対する公訴の提起は翌昭和四四年二月一四日に行われているのであつて、勾留請求及び公訴の提起は本件認可処分から半年以上経過した後に行われたものである。したがつて、検察官の前記職務行為と本件認可処分とは、権限の主体、その目的及び性格並びに時間的経過等からすると社会的にみて別個の事実であり、本件認可処分の違法を理由とする損害賠償請求と検察官の右職務行為の違法を理由とするそれとは明らかに訴訟物が異なる別個の請求である。

三 以上述べたところから明らかなように、上告人に対する関係においては、本件認可処分の違法を理由とする損害賠償の請求はなされていないのであるから、原判決には民訴法一八六条にいう「当事者ノ申立テサル事項」について裁判した違法があるものといわなければならない。また、本件認可処分の違法を理由とする損害賠償請求が第一審から係属していたと仮定したとしても、第一審裁判所が右請求について判断を示していないことは、前記一の5のとおりであるから、民訴法一九五条一項により右請求部分はいまだ第一審裁判所に係属していると解するほかなく、原審裁判所が右請求部分について裁判することはできないものであるから、やはり民訴法一八六条に違背することとなる。仮に、そうでないとしても、被上告人らは、上告人との関係では本件認可処分の違法の事実を主張していないのであるから、原判決は、当事者が主張しない事実に基づいて判断したものであり、その点で弁論主義に違背するものである。

しかるに、上告人が、被上告人らは遅くとも本件訴訟を提起した昭和五三年には損害の発生とその加害者が誰かということを認識していたはずであるから、原審で右請求の追加的併合がされた時点では損害の発生等を知つたときから三年以上を経過しており、被上告人らの損害賠償請求権は時効により消滅していると抗弁したにもかかわらず(原審における上告人の昭和六〇年一一月一八日付け準備書面(二)の四)、原判決は、本件認可処分の違法を理由とする損害賠償請求が、第一審以来主張され係属していたとの誤つた理解に立脚したため、上告人の右消滅時効の主張はその前提を欠くとして排斥したものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二 原判決には、釈明権不行使の違法又は審理不尽ないし理由不備の違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 被上告人らが第一審の段階から本件認可処分の違法を上告人との関係で主張したものとはみられないこと及び原審における被上告人らの追加主張が厚生大臣の権限不行使の違法と理解できるものであつたことは、前記第一、一のとおりである。裁判所が、これらの訴訟の経過に反して、被上告人らにおいて本件認可処分自体の違法を上告人との関係においても主張しているものと理解するのであれば、上告人がこの点について原審で相応の弁論を行つていないことを踏まえて、まず被上告人らにその真意を質して主張内容を明らかにさせるとともに、上告人に対して本件認可処分の違法の理由とする損害賠償請求について主張・立証を尽くすよう促すべき義務を負つていたというべきである。しかるに原審裁判所は、この点について当事者双方に対し何ら釈明権を行使することなく弁論を終結した上、判決をしたものであり、原審裁判所には釈明権不行使ないし審理不尽の違法があるものといわなければならず、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二 また、原判決は、本件認可処分が行政権の著しい濫用として違法な公権力の行使であり、山形県警察当局、山形県公安委員会当局と右規制を可能にするために本件認可処分をした国の機関たる山形県知事との間に、被上告人らの個室付浴場営業を阻止するという共同の目的があつたとした上、「児童福祉施設の設置の認可に関する事務については主務大臣(厚生大臣)が都道府県知事を指揮監督するものと定められており(地方自治法一五〇条、一四八条二項、同法別表第三(五〇))、本件認可処分についても、〈証拠略〉によれば、山形県当局は、その処分をするに当たり、厚生省担当局にその状況を説明してその指導を受けていることが認められるのである。」との判示をし、上告人は国家賠償法一条一項、四条、民法七一九条に基づき損害を賠償すべき責任があるとしている(原判決一一丁表五行目から一二丁裏七行目まで)。

しかしながら、原判決の判示では、厚生省担当局がしたとする指導が違法があるとしたものか否か、違法であるとするならその理由は何かということが全く明らかでないばかりでなく、右厚生省担当局の指導なるものが本件認可行為の違法の事情であるのか別個の不法行為であるというのかということも不明である。そのため、原判決が民法七一九条の共同不法行為であるとするその内容も明らかでないのであつて、この点において、原判決には理由不備の違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。 以上

【参考】 第二審(東京高裁 昭和五九年(ネ)二八五八号昭和六二年二月二五日判決)

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人らは各自、控訴人有限会社平商事に対し、金二二二八万五七八三円及び内金一一五万三二九〇円に対する昭和四四年六月一日から、内金三九四万四三四四円に対する昭和四五年六月一日から、内金三三五万一六六七円に対する昭和四六年六月一日から、内金三九五万六九三七円に対する昭和四七年六月一日から、内金三九六万〇七八五円に対する昭和四八年六月一日から、内金三六六万八七六〇円に対する昭和四九年六月一日から、内金二二五万円に対する昭和五三年八月三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、控訴人平庄市に対し、金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和四三年一二月一八日から、内金一〇万円に対する昭和五三年八月三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

控訴人らの被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中控訴人有限会社平商事と被控訴人らとの間に生じた分は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人らの連帯負担、その余を同控訴人の負担とし、控訴人平庄市と被控訴人らとの間に生じた分は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人らの連帯負担、その余を同控訴人の負担とする。

この判決の第一、二項は仮に執行することができる。

被控訴人らはいずれも控訴人有限会社平商事のため金一〇〇〇万円、控訴人平庄市のため金三〇万円の担保を供するときは、各控訴人による前項の仮執行を免れることができる。

事実

一 控訴の趣旨

「原判決を次のとおり変更する。

1 被控訴人らは各自、控訴人有限会社平商事(以下「控訴会社」という。)に対し、金二億〇五三一万一八五九円及び内金一九二万二一五一円につき昭和四四年六月一日以降、内金六五七万三九〇八円につき昭和四五年六月一日以降、内金六七〇万三三三四円につき昭和四六年六月一日以降、内金九九〇万九五四二円につき昭和四七年六月一日以降、内金一三二〇万二六一八円につき昭和四八年六月一日以降、内金一八三四万三八〇三円につき昭和四九年六月一日以降、内金二八四八万五三八〇円につき昭和五〇年六月一日以降、内金三一八八万八九三四円につき昭和五一年六月一日以降、内金三六七九万〇二一五円につき昭和五二年六月一日以降、内金三五六七万〇八五五円につき昭和五三年六月一日以降、内金一六六万一五五〇円につき昭和五三年六月一七日以降、内金一四一五万九五六八円に対する昭和五三年八月三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被控訴人らは各自、控訴人平庄市(以下「控訴人庄市」という。)に対し、金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和四三年一二月一八日以降、内金一〇〇万円に対する昭和五三年八月三日以降各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二 控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却の判決を求める。

三 当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり附加、訂正するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決一三枚目裏一〇行目の「昭和四四年二月一七日」を「昭和四三年一二月一七日」と、原判決一七枚目裏七ないし九行目の「右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年八月三日から」を「右各金員中の前記控訴の趣旨記載の各内金につき同記載の日から」とそれぞれ訂正する。)。

(控訴人らの主張)

1 被控訴人国は児童福祉法による児童福祉施設の設置の認可事務、管理運営の監督事務を都道府県知事に委任しており、本件認可処分についても、本件児童遊園が児童福祉施設としての適格性を有するかどうかを判断し、児童福祉施設としての認可処分をするにつき、主務大臣たる厚生大臣において山形県知事を指揮監督するものと定められているのである(地方自治法一五〇条、一四八条二項、同法別表第三(五〇))。しかるに、厚生省当局は、本件児童遊園が児童福祉法の定める基準に適合していないことを知り、本件認可処分が行政権の著しい濫用となることを知りながら、本件認可処分がなされるのを漫然と放置黙認したのであるから、被控訴人国においても山形県知事に対する指揮監督を怠つたものとして、控訴人らに対し国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を免れない。

2 山形県知事は前記のとおり昭和四三年六月一〇日本件児童遊園を児童福祉法に基づく児童福祉施設として認可する旨の本件認可処分をしたので、控訴会社は、これにつき山形県知事に対し異議の申立てをするとともに、上級行政庁である厚生大臣に対し、昭和四三年八月四日、行政不服審査法五条に基づき、本件認可処分が違法かつ不当であること、すなわち本件児童遊園はその設備が貧弱であるうえ著しく環境不良な場所にあつて、とうてい児童福祉法の定める条件に適合しないにもかかわらず、控訴会社の個室付浴場営業を阻止することを主たる目的として意図的になされたものであることを主張して、これの取消を求める審査請求をした。

一般に審査請求を受理した行政庁は、すみやかに審査、判断をすべき義務を負うものであるにもかかわらず、厚生大臣は右審査請求に対し、山形県側の一方的説明を聞いたのみでなんら調査をすることもなく漫然と放置してこれを握り潰し、山形県知事のした前記違法・不当な認定処分を黙認した。本件認可処分の違法性、不当性は極めて明白であつたから、厚生大臣が誠実に控訴会社の審査請求に対処していたならば、本件児童遊園が児童福祉法に適合せず、ただ控訴会社の営業を阻止することのみを目的として認可されたものであることが容易に判明し、前訴の民・刑事事件における最高裁判所の判決を待つまでもなく、認可処分は取り消され、控訴会社は極めて早い時期から通常の個室付浴場営業を行うことができたものである。

厚生大臣がこのように山形県知事の違法な認可処分について控訴会社の審査請求を無視し、右処分を放置、黙認したことは、監督官庁としての指導・監督義務を違法に懈怠したものというべきであり、それは行政不服審査法に違反するのみならず、憲法一六条(請願権)、二二条(営業の自由)、二九条(財産権)に基づく権利を侵害するものでもある。

控訴人らは厚生大臣の右違法な懈怠行為により前記の損害を被つたものであるから、この点からも、被控訴人国は国家賠償法一条一項、三条一項により控訴人らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

3 なお、本件認可処分は、公権力の行使にあたる山形県知事がその職務を行うにつき故意をもつてこれをなしたものであるから、被控訴人山形県に対する関係において国家賠償法一条一項の適用をも主張する。

4 被控訴人国の消滅時効完成の抗弁は否認する。控訴人らは被控訴人国から本件認可処分を委任された山形県知事の行政権の濫用を理由として、被控訴人山形県に対し国家賠償法に基づく損害賠償を求める訴えを提起しているのであり、本件認可処分の違法を理由とする被控訴人国に対する請求も被控訴人山形県に対する右請求とその基礎を同じくするものであるから、右抗弁は理由がない。

(被控訴人国の主張)

1 控訴人らの当審における主張1、2は被控訴人国に対する新たな訴えの追加とみるべきところ、旧訴が酒田区検察庁検察官の行つた起訴の違法を理由とするものであつたのに対し、新訴は本件認可処分及びこれについての審査請求に対する厚生大臣の対応が違法であることを理由とするものであつて、その間になんらの事実の共通性もないから、請求の基礎に変更があるというべきであり、さらに右変更を認めることは著しく訴訟手続を遅滞させることにもなるから、右変更は許されるべきではない。

2 控訴会社が本件認可処分につき厚生大臣に対し審査請求をしたとの点は不知。

厚生大臣において裁決をしていないことは認めるが、そもそも正式に不服申立があつたか否かさえ不明であつて、認可処分を黙認したとの点は争う。

3 控訴人らは、遅くとも旧訴を提起した昭和五三年当時には損害の発生を知つていたとみるべきところ、新訴の請求は控訴審において初めてなされたものであり、その間に三年が経過していることは明らかであるから、新訴の訴訟物たる損害賠償請求権は既に時効消滅している。被控訴人国は本訴において右消滅時効を援用する。

理由

一1 請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない(ただし、当時施行の風俗営業等取締法は昭和五九年法律第七六号により風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律として改正される以前のものである。)。

2 控訴人庄市が浴場業の許可の申請をしてから控訴会社がいわゆる個室付浴場業を開始するまでの事実の経過に関する当裁判所の認定は、原審のそれと同一であるから、原判決理由説示中右に関する部分(原判決二六枚目表四行目から同三五枚目表五行目まで)を引用する(ただし、原判決二八枚目表末行の「同法三五条三項」の次に「(昭和六〇年法律第九〇号による改正前のもの)」を加える。)。

3 請求原因1(四)及び(五)の事実は当事者間に争いがない。

二 被控訴人山形県の損害賠償責任の責任原因に関する当裁判所の判断は、原審のそれと同一であるから、原判決理由説示中右に関する部分(原判決三五枚目表七行目から同三八枚目裏八行目まで)を引用する。

三 被控訴人山形県主張の消滅時効の抗弁に関する当裁判所の判断は、原審のそれと同一であるから、原判決理由説示中右に関する部分(原判決三九枚目表初行から同四一枚目表三行目まで)を引用する。

四 被控訴人国の損害賠償責任について

1 本件認可処分に基づく責任について

(一) 控訴人らは、当審において、厚生大臣は山形県知事が本件認可処分をするについて事前の指揮監督を怠り、かつ、事後においてもこれの取消しを求めてなされた審査請求を放置した旨主張して被控訴人国の責任を追及するところ、被控訴人国は、控訴人らの右主張は訴えを追加的に変更するものであり、かつ、新たな訴えと従来の訴えとは請求の基礎に同一性がなく、訴えの変更により訴訟手続を著しく遅滞させるから、右変更は許されるべきでないと主張する。

しかしながら、控訴人らは原審以来、被控訴人国が関係する公権力の行使として、酒田区検察庁検察官がした控訴人庄市に対する勾留請求及び起訴のほかに、山形県知事がいわゆる国の機関委任事務として行なつた本件認可処分をも主張していたのであり、かつ、被控訴人らに対し同一の損害につき各自が賠償すべきことを訴求していたのであるから、控訴人らは当初から被控訴人国に対しても本件認可処分が公権力の違法な行使であることを理由とする訴えを提起していたとみるべきであり、したがつて、当審において控訴人らが前記主張を追加したからといつて、それが新たな訴えを追加したことになるものではなく、当該公権力作用に関与した公務員として厚生大臣を追加する主張をしたに過ぎないというべきである。

そうすると、被控訴人国の前記訴えの変更不許の主張はその前提において失当であり、同様の前提にたつ消滅時効の主張も失当である。

(二) そこで、本件認可処分に基づく国の責任についてみるに、本件認定処分が、控訴会社の個室付浴場営業を阻止することを主たる目的としてなされたものであり、児童福祉施設の存在により右営業を形式的に違法なものとすることによつて刑事・行政両面からの規制を可能にしようとしたものであること、そして本件認可処分は、それが本来の制度目的と異なる目的に利用されたことの故に行政権の著しい濫用として違法な公権力の行使とみなされるべきことは、先に被控訴人山形県の損害賠償責任に関しても引用した原判決理由のうちの原判決三五枚目裏二行目から同三六枚目裏五行目までと同一であるから、これを引用する。

このように、本件認可処分は違法無効であり本来何らの規制的効力を有しない筈のものであるが、その事実上の存在が山形県警察の行なつた前記捜査活動及び控訴人庄市の逮捕並びに山形県公安委員会の行なつた本件営業停止処分の根拠となつたことは前記認定の事実経過から明らかであり、また右各規制を行なつた山形県警察当局、山形県公安委員会当局と右規制を可能にするために本件認可処分をした国の機関たる山形県知事との間に、控訴人庄市ないし控訴会社の個室付浴場営業を阻止するという共同の目的があつたことも右の事実経過から明らかである。

そしてまた、児童福祉施設の設置の認可に関する事務については主務大臣(厚生大臣)が都道府県知事を指揮監督するものと定められており(地方自治法一五〇条、一四八条二項、同法別表第三(五〇))、本件認可処分についても、〈証拠略〉によれば、山形県当局は、その処分をするに当たり、厚生省担当局にその状況を説明してその指導を受けていることが認められるのである。

したがつて、被控訴人国は、国家賠償法一条一項、四条、民法七一九条に基づき、本件認可処分及びそれに引き続き控訴人らに加えられた刑事的、行政的規制に起因して控訴人らが被つた損害を相当因果関係の認められる範囲において賠償すべきものといわなければならない。

なお、控訴人は、当審において、厚生大臣が本件認可処分に対する審査請求を無視し右処分を放置・黙認したことは、監督官庁としての指導監督義務を違法に懈怠したものであると主張して、被控訴人国に対し損害賠償を求めているが、本件認可処分についての厚生大臣に対する審査請求が正式に受理されたことを認めるに足りる証拠は存在しないのみならず、右主張の事実は、前記認定の本件認可処分にかかる被控訴人国の違法な公権力の行使と別個の違法行為を構成するものとはいいがたいから、これについてさらに論及することは必要でない。

2 控訴人らの被控訴人国に対する損害賠償請求のうち、酒田区検察庁検察官のした勾留及び起訴を理由とする部分については、当裁判所も被控訴人国の責任は認められないと判断するものであるが、その理由は原審のそれと同一であるから、原判決理由説示中右に関する部分(原判決四一枚目表五行目から同四三枚目裏六行目まで)を引用する。

五 被控訴人らが賠償すべき損害の範囲及びその額についての当裁判所の判断は、次のとおり加削、訂正するほか、原審が被控訴人山形県に関して説示するところ(原判決四四枚目表八行目から同五五枚目表六行目まで)と同一であるからこれを引用する。

1 原判決四四枚目表八行目の「そこで、」から同裏初行の「負うところ、」までを「そこで、さらに進んで、被控訴人らが賠償すべき損害の範囲及びその額について判断するに、前記のとおり、被控訴人らはいずれも、本件認可処分及びそれに引き続き控訴人らに加えられた刑事的、行政的規制に起因して控訴人らが被つた損害を相当因果関係の認められる範囲において賠償すべき責任を負うところ、」と、同九行目の「被告山形県は、」を「被控訴人らは」、それぞれ訂正する。

2 原判決四六枚表八行目の「別表」から同一〇行目の「である)」までを「別表(一)「期間」欄記載の各期間ごとの実際の入浴客数は、昭和四六年七月一日から昭和四七年四月三〇日までの分および同年五月一日から同月三一日までの分を除いて、同表「実入浴客数」欄記載のとおりであり、昭和四六年七月一日から昭和四七年四月三〇日までの実入浴客数は三〇七三人、同年五月一日から同月三一日までの実入浴客数は三三五人である。)」と訂正する。

3 原判決四七枚目表七、八行目の「一〇六〇人」を「少なくとも控訴会社主張のとおり一〇四九人」と、同末行の「六月三一日」を「六月三〇日」と、同裏八行目の「4(一)(2)」を「4(一)(1)」とそれぞれ訂正し、同八、九行目の「被告山形県が責任を負うべき」を削除する。

4 原判決四九枚目裏六、七行目の「ところ、」を「のであつて、」と訂正し、その後に「前記の山形県警察による捜査活動及び山形県公安委員会による営業停止処分並びに営業再開後にも暫くは続いた右任意捜査活動の控訴会社の営業に対する影響力が、以後約九年間にわたつて同程度に持続したということはとうてい考えられないところである。もつとも、前記のとおり、昭和五三年に最高裁判所によつて本件認可処分が違法であり控訴会社の営業を規制する効力を有しない旨の判断が示されるまでは、控訴会社においていわゆる個室付浴場業を営むこと自体が刑罰法規に触れるという見解が公的に通用していたというべきであるから、その間実際には検挙又は強制捜査が行われなかつたとしても、それらが行われる可能性は存在したといわざるを得ず、そのことが控訴会社の営業になんらの影響も及ぼさなかつたとはにわかに断定しがたい。しかしながら、他方、」を加える。

5 原判決五〇枚目裏三行目の「など」から原判決五一枚目表初行の末尾までを「が認められるのであつて、とりわけ、前記最高裁判所の判決の後においても入浴客数が増加しないという事実は、右判決の当時においては既に前記捜査活動及び営業停止処分はもちろんのこと、本件認可処分の存在も本件浴場における入浴客数の低迷の原因ではなくなつていたことを示すものというべきであり、右事実は又それ以前における入浴客数の一日平均四一人の水準からの落ち込みのすべてを被控訴人らの所為に帰せしめることができないことをも意味しているといわざるを得ない。」と訂正する。

6 原判決五一枚目表初行の後に行を改めて以下を加える。

「ところで、〈証拠略〉によれば、いわゆる個室付浴場業において女性従業員が入浴客に提供するサービスの本来の形態は、客の体の洗い流し及び身体各部の筋肉マツサージの限度に止めるべきものであるが、巷間ママ、、女性従業員が男性客の性器のマツサージを行い、場合によつては同時に男性客が女性従業員の性器をもてあそぶのを許容することをもつて特別のサービスと称し、入浴客の求めに応じてこれを行う例があることが認められ、〈証拠略〉によれば、本件浴場においても昭和四三年一二月一六日以前には時にこの種のサービスが行われ、経営者もこれを黙認していた事実を認めることができる。

しかし、〈証拠略〉によれば、営業を再開したとはいえ通常の個室付浴場営業自体が違法視される状況のなかで控訴会社が再度の検挙を回避しながら営業を継続するためには、少なくとも右の特別のサービスの提供は自粛せざるを得ず、控訴会社代表者は、女性従業員に対しこれを行うことのないよう指導、監督に努めていたことが認められる。しかして、いわゆる個室付浴場を訪れる入浴客の中にはこの種のサービスを受けることを期待する者が少なからず存在することは公知ともいうべきところ、このことと右に認定したところとを合わせ考えると、営業再開後における控訴会社の入浴客数の落ち込み分の内には控訴会社が経営する本件浴場においては右のサービスを期待し得なくなつたことに起因する部分が少なからず存在するものと推認するに難くない。

もちろん、この種のサービス自体が処罰の対象となることはなく、また個室付浴場営業がこの種のサービスを伴つたからといつてそのことの故に取締の対象とされるものでもないが、刑事法上適法な行為によつて達成しうる利益であるからといつて常に民事法上の保護を受け得るとは限らないと解すべきところ、この種のサービスを伴う個室付浴場営業が善良の風俗を害する性質のものであることは否定しがたいことに照らすと、個室付浴場営業における営業実績のうち入浴客の右サービスに対する期待によつて支えられている部分は本来民事法上の保護に値しないものというべく、したがつて、それが第三者の行為によつて侵害された場合でも、特段の事情のない限り、損害賠償請求権は発生しないと解するのが相当である。

以上の点を総合すると、前記違法な公権力の行使と相当因果関係のある控訴会社の逸失入浴料収入は、原判決添付別表(一)に期間別に記載されている逸失入浴客数(先に認定した同別紙記載の期間別実入浴客数と前記の一日当たりの平均入浴客数四一人をもとに算出した同一期間の得べかりし入浴客数との差である。ただし、昭和四六年七月一日から昭和四七年四月三〇日までの期間については、実入浴客数は前記のとおり三〇七三人、昭和四七年が閏年であること公知の事実であるから、(〈証拠略〉)右期間の日数は三〇五日、得べかりし入浴客数は一万二五〇五人であり、したがつて逸失入浴客数は九四三二人となり、同年五月一日から同月三一日までの期間については、実入浴客数は前記のとおり三三五人であるから、逸失入浴客数は九三六人となる。)に期間毎に定める後記の一定の割合を乗じた人数を基礎としてこれに前記認定の入浴料金を乗じて算出するのが相当と解される。そして、右割合としては、

昭和四五年五月三一日まで 六〇パーセント

昭和四六年五月三一日まで 五〇パーセント

昭和四七年五月三一日まで 四〇パーセント

昭和四八年五月三一日まで 三〇パーセント

昭和四九年五月三一日まで 二〇パーセント

をもつて相当とし、昭和四九年六月一日以降については、前記逸失入浴客数によつて表現されている入浴客の減少と前記違法な公権力の行使との間の相当因果関係自体を認めがたい。」

7 原判決五一枚目表二行目の「そうすると」から同裏二行目の末尾までを「そこで、昭和四三年一二月一七日から昭和四九年五月三一日までの間に控訴会社が前記違法な公権力の行使によつて失つた入浴料収入を期間別に算出すると別紙計算書1〈略〉記載のとおりとなる。(ただし、前記のとおり、本件浴場の入浴料金は昭和四七年四月二五日から従前の一五〇〇円が二〇〇〇円に改められたことが認められるが、控訴人らは右料金が昭和四七年五月一日から二〇〇〇円に改められたと主張しており、したがつて、右入浴料金収入の計算上は控訴人の主張するところによるものとする。)。」と訂正する。

8 原判決五一枚目裏三行目の「そこで」を「次に、前記逸失入浴料収入から賠償されるべき逸失利益を算出するには必要経費を控除することを要するから」と、原判決五三枚目表八行目の「原告会社の」から同一〇行目末尾までを「被控訴人らにおいて賠償すべき控訴会社の期間別逸失利益は別紙計算書2〈略〉記載のとおりであり、その総額は金二〇〇三万五七八三円となる。」とそれぞれ訂正する。

9 原判決五四枚目表六、七行目、同裏三行目及び原判決五五枚目表五行目の各「被告山形県に対し」を「被控訴人らに対し」と、同裏一〇行目の「金一〇〇万」を「金一〇〇万円」と、それぞれ訂正する。

六 以上によれば、控訴人らの被控訴人らに対する請求は、損害賠償として、控訴会社については、被控訴人らに対し各自金二二二八万五七八三円及び内金一一五万三二九〇円に対する昭和四四年六月一日(逸失利益算定期間の終期の翌日、以下同じ)から、内金三九四万四三四四円に対する昭和四五年六月一日から、内金三三五万一六六七円に対する昭和四六年六月一日から、内金三九五万六九三七円に対する昭和四七年六月一日から、内金三九六万〇七八五円に対する昭和四八年六月一日から、内金三六六万八七六〇円に対する昭和四九年六月一日から、内金二二五万円に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五三年八月三日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、また被控訴人庄市については、被控訴人らに対し各自金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する前記逮捕の翌日である昭和四三年一二月一八日から、内金一〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年八月三日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから右の限度においてそれぞれこれを認容し、控訴人らの被控訴人らに対するその余の請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。

よつて、原判決は右と結論を一部異にするので原判決を本判決主文第二、三項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言及びその免脱宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森綱郎 高橋正 清水信之)

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